心頭滅却すれど火は熱し

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「経営者は金の亡者で、不幸な拝金主義者」という誤解

こんにちは、カラマゾフです。

 

資本主義の現代社会において、経営者というのは非常に大きな力を持っています。カネを持っている者が偉いとされるこの資本主義社会において、彼らはこの世の勝者ともいえる存在でしょう。

 

その分、彼ら経営者に対して浴びせられる批判も多いです。中でも、「彼ら経営者はカネのために働いている。カネに魂を売っている。カネの亡者だ」というような批判が、最も多く浴びせられるものではないでしょうか。

 

まるで、「クリスマス・キャロル」に出てくるスクルージ爺さん(極度の拝金主義者で、カネのために多くの幸せを失った人物)のようなイメージです。

 

しかし、経営者の多くはそのような、カネに魂を失ったような不幸な人間ではありません。むしろ、非常に生き生きとお金儲け・ビジネスに取り組んでいるのです。

 

今回はそのことについて書いていきます。

 

ゲームを楽しむ少年のように、金儲け・ビジネスに取り組む経営者たち

経営者というか、お金儲けにいそしんでいる人に抱くイメージは「いやいや仕事に取り組んでいる」という事でしょう。家族との時間や趣味を犠牲にして、お金儲けに取り組んでいるイメージです。

 

しかし、現実の経営者たちはそうではありません。むしろ、非常に生き生きとお金儲けに取り組んでいるのです。それはまるでゲームに熱中する少年を思わせます。

 

実際に、文化祭の模擬店などの、ちょっとしたお金儲けを経験したことのある人なら、「カネが増えていく」ことの面白さは理解できるはずです。また、その経験がない人でも、シミュレーションゲームなどでお金儲けをしたときに、面白いと思った事があるかもしれません。

 

小規模な模擬店や、シミュレーションゲームですらも、お金儲けというのは非常に面白く刺激的な体験です。経営者という人種は現実で、何百万、何千万、何億といったお金を動かし、利益を追求しています。それが面白くないはずがありません。

 

カネを使って人やモノを集め、それを動かして利益を生み出すのがビジネスです。経営者というのは、ビジネスというゲームを通じてお金を増やすことを仕事にしています。そして彼らは、そのゲームに熱中し、楽しんでいる場合が大半なのです。

 

彼らは決して拝金主義者ではありません。むしろ、世の中をよくしようと思って、お金儲けに取り組んでいる場合すらあるのです。

 

「金儲け=悪」という単純な図式は成立しない

近代資本主義が発達する以前は、金儲けは暴力と結びついていました。世の中にある財産の数量は一定で、人々はそれを奪い合っていたためです。そのため、金儲けというのは必然的に暴力を伴うものであり、「金儲け=悪」だとみなされていたのです。

 

しかし、近代資本主義の発達により、「金儲け=悪」の単純な図式は崩壊しました。近代資本主義の下では、ビジネスを通じて世の中の財産を増やすことができるようになったためです。

 

ここら辺は色々とややこしい話なのですが、近代資本主義が発展する以前のお金儲けは「ゼロサムゲーム(誰かが得をしたら、誰かが損をするゲーム)」だったのが、近代資本主義の発展で、「プラスサムゲーム(全体で儲けるゲーム)」へと変わったのです。

 

要は、現代では必ずしも、誰から奪わなくても「お金儲け」ができる社会になっているのです。そのため「お金儲け=悪」という単純な図式は成立しません。むしろ、「社会全体の富を増やす」という事から、お金儲けは善とされ、推奨される社会になっているのです。

 

ただ、詐欺的だったり略奪的だったりするお金儲けの方法がないではありません。それでも、一般的には企業は「生産的」な活動に従事しています。


とにかく、現代社会では「お金儲け=悪」という単純な話は成立しなくなっています。むしろ「お金儲け=善」ともいえるのです。経営者や起業家の方たちは、自分たちの行為が善であることを信じているからこそ、お金儲けに没頭することができるのです。

 

経営者には功罪があるが、彼らのおかげで世の中が回っているのは事実

 ただまあ、「金儲け=善」とされる現代社会でも、お金儲けが単純に「善」なのかと言われれば疑問が残るでしょう。

 

例えば、安い価格で料理や雑貨を提供してくれるチェーン店は、労働者を安い時給でこき使っていたりします。消費財メーカーは、消費者を宣伝漬けにすることで、無駄な消費へと行動を仕向けてきたりします。製造業者は、発展途上国の労働者を安い給料でこき使っていたりすることもあります。

 

また、単純に倫理面に疑問を抱かざるを得ないビジネスモデルも存在します。元本割れのリスクがある金融商品を、押し売り同然に販売するビジネスなどです。

 

しかし、いくら「お金儲け」が完全な善ではなく、経営者が功罪半ばする存在だとしても、彼らが「ビジネスを展開する」ことで、世の中が回っていることも確かなのです。

 

ユニクロの安いジーンズがなければ、これほど多くの人が、カジュアルにジーンズを着こなすことはなかったでしょう。マクドナルドのハンバーガーが無ければ、これほど多くの人が、安くておいしい食事にありつけることはなかったでしょう。

 

また、輸送業者がいなければ物流は滞りますし、製造業者がいなければ大量生産は成立しません。金融業者がいなければ、企業が正常に活動できずに社会の動きが止まってしまいますし、不動産業者がいなければ、住む家を確保できなくなってしまいます。

 

経営者は完全な善行をしているというわけではなく、闇の部分がないこともないにせよ、彼らのおかげで現代の豊かな社会が成り立っているのは事実なのです。

 

そして、彼らは「とにかく稼ぐ」ことで、世の中の進歩に貢献し、人々の生活を向上させてもいるのです。そんな経営者たちを、「金の亡者」「不幸な拝金主義者」と単純に見なしてしまうのは、思考停止といってもよいでしょう。

 

世の中は持ちつ持たれつなのです。

 

 

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。カラマゾフでした。