心頭滅却すれど火は熱し

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田舎の自称進学校での大学受験とかいうハードゲーム

こんにちは、カラマゾフです。

 

私は世間的には一応高学歴に分類される大学に入っています。具体的なことは言いませんが、センター試験で8割以上が要求されるレベルの大学ではあります。

 

しかし、私が卒業した高校はいわゆる自称進学校でした。

 

母校の自称進学校では、不合理かつ非効率的な受験対策が横行し、偏差値をあげるのにかなり苦労した覚えがあります。

 

そして大学進学後に、都会の進学校の受験指導が如何に効率的なものなのかを知り、絶望的な気分になりました。

 

私が襲われた絶望は、「自分が都会の進学校の指導を受けていれば、ワンランク上の大学を狙えたのかもしれないのに」、「自分があれだけ苦しい思いをして乗り越えた『無駄な』ハードルを、この人たちは乗り越える必要がなかったのか」といったものでした。

 

今回は、そんな非効率的で不合理な田舎自称進学校の受験指導について書いていきます。

 

 ゴリゴリに削られる睡眠時間

自称進学校あるあるの一つに「朝補習」があります。成績が悪い少数の生徒や、希望者だけがその補習を受けるわけではありません。朝補習の受講は全校生徒に課されます。

 

地域によっては「朝課外」や「0時限目(1時限目の前にあるため、0時限ということ)」とも呼ばれているそうです。

 

この朝補習に出席するためには朝6時台に起きなければなりません。睡眠時間がゴリゴリと削られます。

 

大昔の受験界では「四当五落」という四文字熟語がありました。四時間睡眠で気張れば受験に合格し、五時間も睡眠をとっていては勉強時間が足りずに不合格になってしまうという意味です。

 

しかし、現在は「八当七落」という言葉が使われていると言います。八時間睡眠を確保すれば頭がすっきりと動き効率的な勉強ができため合格するが、七時間睡眠だと睡眠不足に陥り不合格になるという意味です。

 

実際にこれは科学的な裏付けがある話です。リンクを貼っておきます。

sleep-col.com

 

例え朝が早くとも、夜に早く寝ればいいと思われるでしょうが、そう簡単な話ではありません。受験生は「放課後補習」といい、放課後にも補習をぶち込まれます。

 

そのため家につくのは20時前後になり、風呂とご飯を済ませて、ちょっと一息ついたら、あっという間に21時を回っています。

 

そこから少し勉強して、睡眠をとれば22時~翌朝6時までと八時間睡眠を確保でき、いわゆる「八当七落」として合格へと邁進できます。しかし、そうすると自分の勉強時間がほとんど確保できなくなります。

 

 

結局、睡眠時間を削って勉強に取り組む羽目になるのです。私を含め多くの生徒が24時まで起きて勉強をし、翌朝6時に飛び起きるといった生活をしていました。

 

八当七落どころか、六時間睡眠がデフォルトだったのです。

 

ゴリゴリに削られる勉強時間

さて、そうやって睡眠時間を削って捻出した勉強時間ですが、これも学校のせいでゴリゴリに削られます。

 

まず、単純に学校に拘束される時間が長いです。朝の七時台から夜の七時台、つまり12時間を学校に拘束されます。通学の時間を含めれば13時間から14時間も費やしています。

 

その上、「課題学習」が課されます。これはどれほど手を抜こうと1時間から2時間はかかります。

 

そして風呂や朝晩の食事、身支度などには最低でも1~2時間がかかります。これから睡眠時間の六時間を引くと、自分の勉強時間は多くとも3時間、少ない日は文字通りの0時間になってしまいます。

 

ちなみに学校での学習や課題学習はほとんど役に立ちません。画一的な指導なため、生徒個人個人からすればものすごく非効率的な指導が横行しています。

 

基礎を済ませていない生徒には難しすぎて意味がなく、基礎を終えている生徒には簡単すぎて意味がないのです。

 

結果的に、自分にあった勉強をするには、学校から帰って、風呂とご飯と課題学習を済ませて残った3~0時間を何とか活用するしかないのです。

 

「勉強はダサい」という「常識」から抜け出す必要がある

 さて、睡眠時間は6時間、「自分の」勉強時間は3~0時間という受験生にあるまじきハードルを課された自称進学校の生徒ですが、実はそのハードルに到達する前に、もっと高いともいえるハードルを乗り越える必要があります。

 

「勉強はダサいという常識」から抜け出すというハードルです。

 

田舎の自称進学校に通学している生徒は当然、田舎の公立中学校の卒業生です。この公立中学校ではヤンキーが頂点に立っています。そのため公立中学にはヤンキー文化が色濃く漂い、「勉強はダサい」というのは「常識」となっています。

 

そんな、ヤンキー文化にかぶれた公立中学の卒業生達は当然「勉強はダサい」と思うようになります。そんな生徒が集まっているのが自称進学校です。そのため、進学校を自称しながらも、「勉強はダサい」という空気が充満しているのです。

 

自称進学校で受験勉強に取り組むには、その「勉強はダサい」という常識を疑い、「勉強は、純粋に自分のためになる努力である」という価値観を持つように自分の意識を変革する必要があります。

 

その意識改革がかなり困難なのです。今まで信じていた価値観とは真逆の価値観を持つようになるには、かなりの時間と思考が必要になります。「勉強はダサくない」という理由付けをする必要があるためです。その理由を探すことが、受験勉強の第一関門だと言っても過言ではないでしょう。

 

そして、受験勉強はかなり過酷な競争です。「勉強はダサい」とうそぶいているとあっという間に追い抜かれてしまいます。

 

実際に、三年の初めごろは好成績だった生徒が、「勉強はダサい」と勘違いしたまま周囲に追い抜かれ、結局中堅私立にしか受からないというのはよく見かけられる光景です。

 

 

機関銃を装備した「真の進学校の生徒」たちに銃剣突撃で戦いを挑む自称進学校の生徒たち

 かくして、自称進学校の生徒たちは非効率的な学習指導にどっぷりと漬け込まれ、睡眠不足のまま受験という戦場へと向かいます。

 

一方で、都会の進学校の生徒は、効率的な学習指導で程よく訓練され、睡眠も十分に足りた状態で受験に参戦してきます。

 

その結果は惨憺たるものです。都会の進学校の生徒が機関銃を装備した近代的軍隊だとすれば、田舎の自称進学校の生徒は銃剣で突撃する前近代的な歩兵のようなものです。両者にはそのくらいの格差があります。

 

その様な環境で生き残る自称進学校の生徒には二つのタイプがあります。一つは、単純に体が頑丈かつ地頭がいいタイプで、もう一つが、授業中にガッツリ睡眠を確保して、課題学習を放り出して自分の勉強に励む狡猾な人間です。因みに私は後者の狡猾な側の人間でした。

 

そして、生き残った生徒には後遺症は現れます。

 

前者の頑丈で地頭がいいタイプの人間は、生存者バイアスがバリバリにかかった思考に囚われます。先生のいう事を忠実に聞き、真面目に何も疑わず、睡眠時間が足りずとも根性でどうにかできると思うようになります。本人はそれでもいいのかもしれませんが、根性論を成功の秘訣だと考え、周囲に押し付けるようになるのです。いわゆる理想的な社畜でしょうか。

 

逆に後者の狡猾なタイプは、大人の言うことを信じられなくなります。教師の誤った指導に辟易した結果、大人が言うことを全て疑ってかかる18歳が生まれるのです。

 

どちらにせよ不幸なことに変わりはありません。

 

 

 

 

以上、田舎の自称進学校生徒が受験勉強で直面する困難について書いてみました。

 

最後まで読んでいただきありがとうございました。カラマゾフでした。

 

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