心頭滅却すれど火は熱し

色々と書いてみます。ツイッターもやってます(@karamazov012)

「普通の人間」として生きるなら、意識低く生きた方が不幸にならない

こんにちは、カラマゾフです。

 

皆さんは意識を高く持っているでしょうか。私は持っておりません。

 

大学を卒業したらなんとなくホワイト企業に入って、適度に社畜をしつつプライベートも充実させられたら人生上出来だと考えている人間です。

 

その様な「人生戦略」を私が選ぶに至った理由を今回は書いていきます。

 

「本物」との違いを知った

 大学入学後、幸か不幸か私は「本物」とであい、そして自分が凡人以下だという事を思い知らされました。

 

「東大に入った『自分の頭脳に自信を持っている秀才』は、自分よりよっぽど頭のいい人間と出会い、自分の凡庸さを覆い知らされるから、プライドを打ち砕かれる」

 

というのは一部界隈では有名な事実です。しかし、私が合格したのは東大なんかには何段階も及ばないその辺の大学です。

 

それでも、「俺の今までの人生は何だったんだ」とショックを受けるような人間がゴロゴロ在籍していました。

 

高校生の頃の私は、「勉強さえできれば、他が多少劣っていてもどうにかなる」と考えていた典型的な視野の狭い陰キャでした。今は女の子にモテなくても、話し上手じゃなくても、俺は勉強ができる方だから将来逆転してやる。そう考えていました。

 

しかし、現実はそうではありませんでした。高校時代すでに経験人数が二桁に乗っているのに、私と同じ大学、そしてそれ以上の大学にも合格する超人が存在していたのです。

 

彼らの存在を知った時は猛烈な嫉妬に襲われました。

 

そして悟りました。「俺はこいつらには一生勝てない」という事を。

彼らは実際にとても優秀で、頭もよくて、何よりもコミュニケーション能力の高い陽キャラでした。

 

そしてビジネスで実際に活躍するのも彼らだという事も悟りました。実際に営業インターンシップや学生起業で結果を残すのはそのような人種でした。

 

ビジネスの基本はヒトとヒトとのつながりです。そりゃ女の子にモテて経験人数も多いコミュ強の方が活躍するに決まっています。

 

私のような「勉強だけが取り柄の陰キャ」には活躍の余地が残されていませんでした。

 

高校時代、「勉強が多少できる」というだけで自分が特別な人間だと勘違いしていた私は思い知りました。「私は平凡で普通、いや、それ以下の人間である」という事を。

 

 

実力も無いのに、「無駄なプライド」を高く持っていると、ハイリスクハイリターンに走ってしまう

 そんなこんなで私はプライドというか、虚飾の「自分は優れている」という思い込みを完全に打ち壊されました。自分に実力がないことも思い知りました。

 

しかし、「自分が負け組である」という事を受け入れるのはかなり苦しいことでした。そして今でももがいています。このブログを書いているのもその一環です。

 

「自分には他人よりも面白いモノが書けるのではないか」という思いこみにすがっているのです。

 

ただ、起業や新卒フリーランスなどの「リスクテイク」は避けています。

 

自分にそのリスクを吸収し、リターンへと昇華させる実力は到底ないという事を思い知っているからです。

 

しかし、世の中にあふれる私と同じような「自分に実力が無いことを薄々と感じていながら、『自分には実力がある』と思いたいが故に何かにすがる」人間は破滅する可能性が高いです。

 

実力以上のリスクテイクをしてしまうためです。

 

「自分には実力がある」という事を周囲(と自分)に示したいがゆえに、「実力がある人間にしかできない事」に取り組んでしまうのです。

 

「自分は優れていない」という事実を正確に認識できないがゆえに、身の丈以上の挑戦をしてしまうと言い換えることもできるでしょう。

 

「脱社畜」など、おそらくその典型です。

 

「サラリーマンすらできない自分の無能を受け入れられない」がゆえに、「サラリーマン以外の戦場」に活路を見出そうとしているのでしょう。

 

しかし、「会社に守られている社畜」としても結果を残せなかった人間が、果たして「フリーランスという修羅場」で生き残れるのでしょうか。

 

中には「ちょまどさん」のようなレアケースも存在します。しかし、大半の人間は彼女のような天才ではありません。

 

そもそも数が少なく、上位ゼロコンマ何パーセントもの才能を持っているからこその天才なのです。

 

自分がその中に入っていると思い込むのは、大半の場合において傲慢以外の何物でもありません。

 

そしてその傲慢さ、「無駄なプライドの高さ」に振り回され、自分の実力では吸収できないハイリスクハイリターンに走り、破滅へと突っ走ってしまうのでしょう。

 

そして破滅は周囲に迷惑を掛けます。職を失い実家にニートとして引き籠るのであればまだいい方です。借金を抱えたうえに妻子を抱えて路頭に迷うようなことになれば目も当てられません。

 

私はそのようなリスクを避けるために、リスクテイクは避けているのです。あくまで自分の無能さ加減でどうにかできそうな範囲でもがこうと考えています。

 

意識低く生きれば「プライド」に振り回されない。

じゃあ、その様に自分の無能さを受け入れ、リスクテイクを避けるようになった大きな転換点は何だったかというと、「意識を低く持つ」という事でした。

 

生きているだけで丸儲け。生きる意味を探すなんてややこしいことはしない。ビールと牛丼でお腹を満たして、シ〇って、ゲームをしてボカロを聞いて後は惰眠を貪ることができれば自分は幸せだ、というふうに自分に言い聞かせたのです。

 

意識を低く持てば楽になりました。

 

自分に期待をしなくなったからでしょう。

 

まあ、今でもムクムクと意識の高さがよみがえってきて、「総合商社を狙えよ!コンサルで活躍する自分を思い描け!目指せ年収一千万のエリートビジネスマン!」というふうにわめく「諦めきれないもう一人の自分」が頭の中を占拠します。

 

しかし、それでも私は意識を低く持とうと決めたのです。

 

総合商社やコンサルに入っても、「頭の回転が鈍く、話下手な陰キャ」である自分は深刻な適性の不一致にさいなまれるでしょう。そしてその先には最悪うつ病が待ち構えています。

 

私はプライドを捨てました。そして、破産やうつ病といった「破滅」から逃れるためにローリスクローリターンで生きようと決めました。

 

 

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。カラマゾフでした。

 

 

ツァラトゥストラかく語りき (河出文庫)

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