この世はいつでもディストピア

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「下らないゴシップ・悪口」を楽しんで精神衛生を保とうではないか

こんにちは、カラマゾフです。

 

一般的に、「人のゴシップ・悪口」ははしたないものとされています。自己啓発本などでは真っ先にやり玉にあげられます。

 

また、成功者たちは口をそろえて「人の悪口やゴシップはあなたの人生の損害にしかならない。そんなものにかかずらっていないで自己研鑽に励みなさい」と言います。

 

確かに、人の悪口やゴシップははしたないとみなされている行為ではあります。しかし、人生にとって完全に無駄なモノだと言えるのでしょうか。今回はそれについて書いてみます。

 

 ぶっちゃけゴシップって楽しいよね

 ゴッシプを楽しむとき、人は活き活きします。週刊誌やニュースは基本的に芸能人のゴシップであふれています。

 

また、日常会話でも人のうわさという話題は大きなウエイトを閉めます。

 

飲み会では「A君に恋人ができた」「BさんがCさんの事を嫌っているらしい」「D先輩は就活に成功したようだ」などと、人の噂話に花が咲きます。

 

特殊な飲み会であれば、意識の高い話が展開されることもあるでしょう。しかし、意識高い話をしていても「ホリ〇モンがこんなことを言った」「落合〇一のお父さんは落合〇彦という人らしい」といった、意識が高いなりの噂話が始まります。

 

人の噂やゴシップについて話すとき、人は活き活きとします。私も活き活きとします。

 

ぶっちゃけゴシップはとても楽しいし、おそらく大多数の人間の精神的バランスを保つためには必要なものなのです。

 

ネット上の「ネタ」の数々

 ネットの世界は、現代においてゴシップや噂話が最も高密度に集積している場でしょう。

 

誰かがやらかして炎上すれば、最悪その炎上の登場人物や過程を事細かにまとめたサイトが立ち上がります。

 

有名どころで言えば「ハセカラ」でしょう。個人情報も糞もないほどに情報が集積されています。また、syamu gameなども「ネタ」にされています。

 

これらの「炎上ネタ」はネット上の一大コンテンツを形成しています。これほどの巨大コンテンツは、「ゴシップ」という物に対して、人間がどれほどに惹かれるのかを端的に証明していると言えるでしょう。

 

意識高い人たちだって「人を見下す瞬間」はある

 という事で、人間が如何にゴシップを楽しむのかということを書いてみました。この辺で疑問を持った人はいるでしょう。

 

「結果を出している『本当に意識の高い人』は、そんなものにかかずらったりしない」と。

 

確かに、結果を出している一流の人間は、一見ゴシップに時間を費やすことはありません。

 

しかし、本当にそうでしょうか。

 

社畜や童貞をバカにする某ライターや、無能を嘲笑する某ネオリベビジネスマンは果たしてゴシップにかかずらっていないと言えるのでしょうか。

 

また、私はゴシップ・悪口の本質は「他人事への無責任さ・人を見下すこと」にあると思っています。他人事や見下している対象だからこそゴシップをすることができるのです。

 

結果を出している一流の人間は、「自分にとって得にならない人物やモノ」に対して極めて冷酷に扱い、徹底的に無視します。

 

その際、彼らは「優越感」を覚えているはずです。その感情は本質的に「人を見下す」という事であり、ゴシップを楽しむ我々普通の人間と変わるところはないのでしょうか。

 

健全な範囲でゴシップを楽しもう

 

という事で、ゴシップについて書いてみました。

 

私はゴシップは人間の精神衛生上どうしても必要なものだと考えています。エロが身体的なバランスに不可欠なように、ゴシップは精神的なバランスに不可欠だと考えているのです。

 

しかし、エロと同じで、ゴシップも度が過ぎた楽しみかたをしてしまうと人生を破滅させてしまいます。

 

無駄なゴシップに時間を費やしすぎるのはわかりやすいのです。しかし、あまりにものめり込んでしまい、某弁護士に殺害予告を送るなどしてしまうと、途端に人生に暗雲が立ち込めます。

 

エロも同じです。自分の趣味の中で完結させるにはいいのですが、公共の場で発散しようとすれば逮捕されてしまいます。

 

適度にゴシップを楽しみ、日常に彩りを備えましょう。

 

最後まで読んでいただき、ありがとうございます。カラマゾフでした。

 

 

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