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速読初心者必見!私は速読を諦めた。

こんにちは、カラマゾフです。

 

皆さんは速読に励んでおられるでしょうか。私は励んでおりません。

 

以前は速読をよく試していたのですが、最近はもうあきらめてゆっくり本を読んでいます。休学中の大学生で時間だけは腐るほどあるという特殊条件はあります。しかし、それでも私は今後は速読から手を引こうと考えています。

 

ゆっくり読んだ方が、本の内容が正確に頭に入ることに気付いたからです。逆に速読をしてもあまり内容が頭に入っていませんでした。

 

今回はそのことについて書いていきます。

 

 そもそも速読って

 そもそも速読とは何でしょうか。ななめ読みや、二行同時読み、ブロック読みなど色々とあります。共通するのは、一分間に1000文字以上は読み、場合によっては3000文字や5000文字以上を読み、圧倒的な読書スピードを手に入れることです。

 

因みに平均的な読書スピードは400から600文字程度だと言われているそうです。

 

そして、世間一般で言われている速読にはどうやら二種類あるようです。「本の全部をひたすら早く読む」という意味での速読と、「本の中身をざっと見て、必要な箇所だけを抜き出す」という意味での速読です。

 

私が諦めたのは前者の「本を全部ひたすら早く読む」という意味での速読です。後者の「サーチ読み」ともいえる方法は本屋さんなどで、短時間のうちに本の大まかな内容を知りたいときにはよくやっています。

 

なんで諦めたのか

 

 私は「本の全部の部分をひたすら早く読む」という意味での速読は諦めてしまいました。そういう読み方をしても、どうしても内容が頭に入ってこなかったためです。

 

「お前の国語力が低いだけだろ」と言うもいるかもしれませんが、おそらく私は平均以上の国語力は持っています。センター試験の国語では9割でした。

 

自慢話はいいとして、私が速読を諦めた理由を書いていきます。

 

私は、文章を読むときは頭の中で三つのプロセスが進行していると考えています。

①文章に何が書いてあるのかを「把握」する段階

②把握した内容を解釈して「理解」する段階

③理解した内容を再構成して「記憶」する段階

の三つです。

 

速読をすると、どうしても②の「理解」する段階の途中までしかできないのです。理解は半分になってしまいますし、内容を記憶することはできません。

 

本屋さんでサーチ読みをする場合は、①の「把握」でとどめておいて、自分にとって有益な情報があるか否かのみを探せばよいです。有益な情報があれば購入し、そうでなければ棚に戻せばいいだけなのですから。

 

また、国語の試験では②の「理解」までで充分です。あくまで問題を解くために文章を読んでいるだけなので、その内容を記憶する必要はさほどありません。問題文にメモ書きをして、問題を解く際にそこを参照すればいいだけです。

 

しかし、「自分にとって有益となり、将来への糧を得る」ことを目的とした読書では、③の記憶まで持っていく必要があります。内容をある程度までは記憶しておかなければ将来的にその知識を活かすことはできないからです。

 

本に書き込みをしたところで、それは補助的なものでしかありません。結局は頭の中に内容を書き込む必要があるのです。

 

そして、③の記憶まで持っていこうとすると、どうしてもゆっくりと読むことになってしまいます。声に出して読むのとさほど変わらないスピードです。

 

目の動かし方などを多少工夫すれば多少は早く読めるのですが、やはり内容を理解しようとするとゆっくりになってしまいます。 

 

頭の回転が速い人であれば、速読でも記憶しながら読めるのかもしれません。しかし、私にはそれは無理でした。

 

それに、速読をすると単純に疲れてしまうというのも大きいです。苦行のような疲れる読書をするぐらいなら、内容も頭に入って気分も疲れない熟読を選ぶことにしたのです。

 

ゆっくり読むほうが、内容が頭に入る

ということで、速読を諦め熟読一本に絞った私ですが、それによって得たいい効果について書いていきます。

 

まずは、難しい本が読めるようになったことです。思想や歴史学などの小難しい話でも、ゆっくりと筋を追って内容や図解を頭の中でイメージすれば複雑な話でもなんとか理解はできます。

 

また、文学を楽しめるようになったのも大きいです。私は現在、谷崎潤一郎が現代語訳した源氏物語を読んでいるのですが、一時間で30ページ(総量は五巻で2500ページほど)という遅々たるペースで読み進めています。

 

しかし、文章をゆっくり読んで情景や心情を心の中に描き、平安時代の情緒に浸るほうが面白く、そして内容もよく理解できるためにゆっくりと読んでいるのです。

 

因みに谷崎訳の源氏物語は読むのにものすごいエネルギーを消耗します。和歌の解釈(一応現代語訳はついているが、それでも自分なりに解釈した方が面白い)や現代と異なる常識へのアジャスト、そして何よりも主語を省いた文章なために注意深く読まないと内容を取り違えてしまうためです。

 

この記事の冒頭で触れたように、時間が腐るほどある大学生という立場もあるのですが、それでもゆっくりと文章を読むのはおすすめです。

 

また、複雑な文章をゆっくり読むと、逆説的にサーチ読みでの速読も得意になります。

 

複雑な概念をかみ砕くことを繰り返しているうちに理解力が向上し、ちょっとしたビジネス書をサーチ読みする程度であればなんてことはなくなるのです。

 

重りを落とした格闘家のごとく、読みやすい本であればすいすいと読めるようになります。

 

「サーチ」をする時はいまでも速読をする

 という事で、本をゆっくり読む理由とその効果について書いてきました。

 

しかし、本屋や図書館で「この本は果たして有益かどうか」を判断するときにはいまでも速読をします。ブロック読みやななめ読みなども使って、その本を徹底的に透視する感覚で読みます。

 

しかし、それは本を「読んでいる」といえるのでしょうか。本を「視ている」だけではないのでしょうか。

 

本を「視る」のも重要なことです。そうやって情報を選別しなければ、駄文に関わって時間を浪費してしまうことにつながります。

 

ただ、本を視るだけではなかなか有益な読書になるとは言えないでしょう。

 

 

最後まで読んでいただきありがとうございました。カラマゾフでした。

 

本を読む本 (講談社学術文庫)

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